個室とすまい

いま、建築計画にかんする、かなりややこしい話の原稿を書いていて、
建築計画について、久方ぶりに考えてみた。
nLDKが建築計画の51c型アパートから生まれたとする説が一般的だが、それは誤りで住宅の商品化がnLDKを生んだ、というのが正しいという。
さて、そのnLDKですが、最近(というかこの15年くらい)は、家族がもはやnLDKに収まらない、という主張が出てきている。家族全員個室ベースにすべきだ、という話が研究者からも建築家からも出てきている。
あー、僕らは勉強部屋という個室で育った世代だからそうかもね。
と、思っていたが、自分の生活を見てみると、全然個室がない。
ずーっと誰かと一緒で平気なのね。
なぜなんだろう?
でも、個室は無いけれど個人化は徹底していて、寝る時間も起きる時間もバラバラ(アイマスクと耳栓をして寝れば大抵はなんとかなる)。
一緒に同じ部屋に居ても、気配を共有するだけで、やっていることは完全に個人でバラバラ。考えていることもバラバラだし、見てるものもやっていることもバラバラ。
これはそもそも家にテレビが無い、というのが大きいかもしれない。(そのかわりPCは一人2台もある)
私には、個室かどうかは全くどうでもいい話になっていると感じる。ノートパソコンが一台、ネットにつながっていればどうにでもなる。
問題は「共有する気配」の質なのかもしれない。

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