060307_産經新聞和歌山版「研究室最前線」
近年、日本の住まいは「継ぐもの」から「買うもの」へ変わった。カタログ性能とカラー写真のイメージによってスタイルを選び、予算によって広さが決まる。しかし自分の次に誰が住むのかは棚上げされたまま。和歌山大学システム工学部環境システム学科の平田隆行助手は、「カリンガ族には日本とは異なる住まいの相続ルールがある」という。現代の日本にも応用可能というカリンガ族の家族概念と住まいの相続について、平田助手に聞いた。
ーーカリンガ族の家族概念は日本とはどう異なるのでしょうか?
まず、「父・母・子ども」という核家族が家族構成の基本になっていることは日本と同じです。ただし数世代に渡ってどのように家族概念が引き継がれて行くか、その世代交代と相続の考え方が全く異なります。日本では結婚すると妻も夫も同じ姓を名乗らなくてはなりません。日本では夫の姓を優先するので父系社会と考えることができます。一方、カリンガ族は双系とよばれ、どちらか一方を引き継ぐのではなく、双方辿ることができる家族社会です。だから結婚しても同じ姓にはならない。結婚しても妻と夫は姓も別で財産も別。財産相続も母から娘へ、父から息子へと別々に相続がなされます。
ーー家族概念の違いが、どのように住まい方にあらわれてくるのでしょうか?
住まいをどのように引き継ぐかがポイントになります。例を示して説明して行きましょう。ある男性が結婚したとします。すると男性は妻の実家に寝泊まりする。いわゆる妻方居住とよばれ、妻の両親との同居がはじまります。「サザエさん」に登場するマスオさん夫婦と同じ状況ですね。結婚後しばらくして結婚が確固としたものになれば、妻の両親は出て行きます。未婚の子供たちを連れて、別の家に引っ越すのです。その結果、男性と妻は核家族で住まうことになる。これではじめて結婚が成立したことになります。
ーー 一般的な日本の住まい方とは異なりますね。なぜそうなのでしょうか?
これは所有権と相続の違いが密接に関わっています。ものの所有はすべて夫婦別財で、住まいは女性の所有とされています。だから夫が妻の住まいに転がり込む。財産相続は親が死んだときではなく、子どもが独立した時に行われます。娘が結婚すると母親は財産を娘に相続させなければなりません。長女には自分の財産の最も重要な部分を相続させますから、自分の持っている最上の住まいを譲る。つまりいま住んでいる住居を娘に譲り、自分は引っ越すことになるわけです。
ーーでは、その次の子どもが結婚したらどうなるのでしょうか?
息子が結婚すれば出て行くだけですが、女性である娘が結婚すれば両親は出て行かなくてはならない。一番末娘の場合は両親はもう出て行きませんが、娘が結婚するたびに両親は引っ越します。娘が5人いれば両親は4回転居する。村の子どもの数から試算すると、村人は一生で平均5回くらい転居していることになります。6人姉妹の末っ子として生まれ、6人娘を産んだ女性は一生で10回も転居することになります。
ーー両親の老後はあまり幸せとは言えない気がしますが。
確かに転居する度に住まいの質は落ちて行きます。ですが両親は財産を子供たちに引き継ぐことをなによりも最重視します。棚田にしろ住まいにしろ祖先から引き継がれているものをメンテナンスし、次世代に引き継ぐことに誇りを感じている。だから決して不幸とは言えないでしょう。むしろ次世代に引き継ぎ終えた老人達は大役を果たし、のびのびしているとも言えます。子どもが独立した老人夫婦はもう同じ家では寝ないことも多い。彼らは自由に寝場所を選んで寝ます。老人達は住まいや家族から開放されて気ままなシングルライフを楽しんでいるとも言えます。
ーーでは前回紹介された米蔵はいかがですか?
米蔵も住まいと全く同様に女性が相続します。結婚後夫が妻の米蔵に米を納めるようになり、しばらくして両親は別の米蔵を建てて出て行くのも同じ。やはり住まいと米蔵はパラレルなのだということが確認できます。なお、米蔵や住まいと同時に棚田の相続も行われます。注意深く見ると、妻の棚田の稲穂は結局同じ米蔵に納まっていることがわかる。これが世代交代の重要な部分かもしれませんね。人は変わっているけれども、役割も意味も変わっていない。これが世代循環ということなのだと思います。
ーー現代日本にも通用するカリンガ族の家族や相続制度はどのあたりなのでしょうか?
まず、妻の両親との同居が現代人の生活には合っているのではないか?という点、そして夫婦別財に見られるように、男女の均等がこれから進んだ場合の参考になるという点だと思います。住み替えが容易な点もあげられますね。さて、今回は夫婦を中心としたお話でしたが、次回は夫婦ではない人たちの住まい方についてご紹介して行きたいと思います。