教室の天井高(日本建築学会・空間研究小委員会)

さて、飲み放題につられて飲み、投げ、帰宅。
よった勢いでブログに「スキャンダル」評をぶち上げ、寝る。
起きたら6時超えてて、車すっ飛ばして関空へ。そう、今日は設計製図は本多先生・林田先生・TAにお任せして東京出張となったのである。(配布資料は田町のスタバから32kで送信)
目的は「学校教室の天井高3mについて」で
上野淳、富田玲子、船越徹、という学校建築計画のVIPが講演。富田玲子、船越徹ともにそんなに講演しないので特に楽しみ。
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建築計画の系統をおさらいしておく。3つの震源から。
東大・吉武泰水研究室。ここから長倉康彦、上野淳、長沢悟という学校専門家が出ている。住宅なら小林秀樹、布野修司、などなど。そこから発生した設計事務所にアルコム(船越徹)、共同建築設計などがある。
早大・吉阪研究室。重村力、マンフレッドシュパイデル、地井昭夫、戸沼幸一、後藤晴彦などの研究者、U研究室、TeamZOO(象やいるかやワニ、モビル)などの事務所、内藤廣などの作家がある。計画とも建築作家ともとれる。そのくせメインは「まちづくり」なのだそうだ。
京大・西山研究室。学校計画はあまりやっていないから今回は触れません。神吉先生はこの系列(いまは系列なんて関係ないのですが)
で、今回は、東大系研究者として上野淳、、東大系実務派として船越徹が、東大から吉阪系に移った富田玲子、という布石で研究会が行なわれた。東大建築計画系が主宰しているだけあって、会場には鈴木成文、高橋鷹志、西出和彦など偉い先生方が沢山いる。鈴木成文先生は7月以来なんとシンポジウムで見かけるのが四度目!
内容
■天井高3mの根拠は何か? (上野淳)
教室寸法の歴史的経緯を明らかにする。4間×5間×10尺という寸法は、80人の生徒が中にいた場合に必要な空気量から導きだされたものだと言う。つまり空気汚染=CO2濃度の問題だとのことだった。それでCO2濃度や騒音、照度、閉塞感と天井高の関係をしらべたところ、現代の技術を持ってすれば、騒音・照度・CO2と天井高は関係ないという結論になった。
■3mの天井はどう感じられているか? (橋本都子)
千葉工大の橋本都子先生が仮設天井を実際に施工して実験。閉塞感をしらべる。データからは30センチ天井が下がるだけでかなり不評となり、60センチ下げるとムチャムチャ評価が低くなるらしい。(他の知見はやや主観的で、データから論証できていないものが多い。ただし「天井高はあまり重要ではなく、別の要素がもっと大切」だという。)(後に上野先生が「決して『標準化』をめざしているわけではない」と念を押した)
■象のつくった学校
笠原小、矢野南小、多治見中での試みを披露。基本はバライエティ豊かなものをつくること、”天井高無限大”の屋外、木の下、吹き抜け、外廊下、など、様々なスケール感を持つ空間が「あいまいに」「だらしなく」つなげる。言葉ひとつひとつがとても詩的。「だらしなさ」をとても大切にしているようだ。しびれる。地域と学校との結びつきにも言及。
(富田玲子は私にとってアイドルなんです。ファンタスティック・ノスタルジック・アバンギャルド!)
■アルコムの学校
天井高にはあまり触れず、いかにして日本にWS/OS(オープンスペース)を組み込んだか?を、実作を時代順に並べて講演。さながら「昭和学校建築物語」となる。初期RCの梁の入れ方、ライトシェルフなど、初期RC校舎建築の意義と心意気に心打たれる。クラス単位の教育システムという制度がある以上、イギリスの学校(エブリン・ロウ小学校等の名作)にはならないと発言。そして、文部省と縁を切り「教育は地域社会のもの」と言い切る。さらに、サスティナブルな校舎建築へと向かう熱意。
総合評価:★★★☆(まぁまぁ)
天井高3m問題の本質を議論していないのが問題。アルコムや象やシーラカンスにとって、天井高3m以上という基準法は単なる足かせでしかないことは自明。多様な天井高を組み合わせた方がいいに決まっている。
問題は、そうではなくて、のこり98%の校舎建築だ。橋本氏のレポートに見られるように、3mの天井高は「結構悪くない」のである。その制限を取り払えば、自治体はコスト削減のために低くするのが見え見え。さて、それで校舎は良くなるか?この動きは、学校建築が「標準設計」という足かせから外れていくひとつの段階であるはずだ。そのとき大切なのは日本各地、各地域にアルコムや像と同じように設計できる事務所がほんとにあるのか?もしくはあるとしてそこに設計業務が委託されるのか?である。(それは地方自治体公共建築設計の「成熟度」だとおもう)学者連中が「天井の感じ方」をチマチマと分析しているけど、それが『成熟度』をあげる根拠になるとは思えないのだから・・
エネルギーの話でも言ったが、これからはエネルギー、情報、貨幣というインフラが「国家」から「地方」に戻されていく。賢い国家官僚ではなく、地方の賢者が不可欠。それをどう育てていくのか?そこに「教育」の重要性がある。
○おまけ
「天井が高いと相対的に生徒と先生の身長差を感じなくなる」(高橋鷹志)
「天井は「空」をつくること」(富田)
「天井高さは身長の二倍が落ち着く。」(富田・上野・船越:理由は、頭がちょうど天井と床の真ん中に来るので「囲われた安心感」が得られるのではないか?ということだ。住宅は座ったときちょうど中心に来るような天井高ということか?)

教室の天井高(日本建築学会・空間研究小委員会)」への3件のフィードバック

  1. ふむふむ、なるほど天井高の規制はあくまでも本質的な空間の問題に対してではなく、どうでもよい地方自治体の横着を防ぐためのものということですか。そうならほんとなめてますね、、、
    しかも今定められている3mという数値が空気量(しかも昔の技術内での話)によるものだとは驚きです。もっと重要なもの(空間的議論)があるんじゃないのかな?
    とにかくそんなことがわかっているのに、なかなか発展しないところがほんと日本っぽい。国会中継とか朝生見てる気分です、、、

  2. あらそう?
    関空でも羽田でもあまりきれいな人はいないと思うんだが・・・
    ・ドレスアップせず、8時間機内で耐えられる服を着ているから
    ・盗難防止に、ショルダーバックやウエストポート(死語か?)をつけたりもしちゃうから
    ・ハイヒールをはかないから
    ただし、
    ・旅行に行くので気分が晴れ晴れしているから表情は明るい、のかもしれん

  3. 関空にいくといつも人(とくに女性)がきれいに見える。理由は、
    ・広いので遠くからみている。
    ・旅行にいくので服装がちゃんとしている。
    ・自分も旅にでるので気分が開いている。
    ・上からの照明がなく自然光が壁や床に反射しているのでしわが消える。
    ・空間が大きく、人が小さく見える。→プロポーションが見えてくる。
    ・単にスチュワーデスが多い。
    など考えられるがよくわからない。
    空港や田舎の駅などで人を眺めるのはむしょうに楽しい。

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