21日から23日まで、京都嵯峨芸術大学・和歌山大学・大阪市立大学・神戸芸術工科大学、4大学の建築系学生の建築合宿が、広島県山県郡加計町にて行なわれた。
これは、京都嵯峨芸術大学の藤木庸介先生(建築家)がオーガナイズしてきたもので、丹波・奈良に続いて3つ目のフィールド、4回目の開催となる。
今回、私はジュアラー(笑)として参加した。こういうのは大抵「縁の下部隊」として参加することがほとんどで、「ジュアラー」なんてはじめてで、不思議だ。
ジュアラーは、本多友常教授、藤木庸介先生、中谷礼仁先生、志柿敦敬先生、幸家太郎先生。
今回の敷地は、広島県山県郡加計町の、JR可部線(廃線)沿線。各大学がバラバラになって5名程のチームにわかれ、実質4日間でここに自由にフィールドを見つけ、自分で問題を発見し、形を与え、提案する。
私は活動が始まって3日目、21日に現地入り。すぐにTAに対象地区を巡り、土地勘をつけ、早速前日チェックを行なう。1チーム30分位。敷地の読み方、村の見方、すすめ方、絞り込み方に焦点を当てる。また、提案とは調査から導かれるだけではなく、それをひっくり返すような「転回」があり、また「狂気」が必要なこと、建築家が提案する「まちづくり」とは、村人が「これなら村は輝きを取り戻す」と、希望を持てるイメージ、自信を取り戻すイメージを打ち出すことである。それを提案してほしい、と。
調査はわりとうまく行っていたように思えた。ただし、「いまある風景が最上、それを壊さない(何もつくらない)のがよい」という意見には賛成できかねない。「廃線」という景観、「電車の走っていない景観」住人に明らかにマイナスのイメージを与えている。それをどう回復させるのか?が、ここで提案しなければならないことであるはずだからだ。
そんななか、7チームは提案を行なった。
それぞれ、非常に興味深い提案が行なわれた。それぞれに魅力的な敷地を選び、調査を行い、その場所にふさわしい提案を、なんとかまとめあげてきた。
ジュアラーには伊野さん(太田川鉄道)も加わって頂いた。かれは京都大学大学院で農学を学んでいたのだが、可部線の廃線が「何かおかしい」と気づき、その復活のために人生をかけている。地域通貨や企業の協賛を取り入れ、環境負荷コストの低さを考慮すれば「可部線」を営業することは経営的に十分成り立つことを訴えている。さらに人と人とのつながりという意味でも「可部線」を廃線にすることは間違っている、と。
実は7チームの案は、どれも「廃線跡」をいかにして利用するのかの提案であった。「可部線」の復活をだれも信じられなかった。しかし伊野さんは真面目に、そして現実的かつ理論的に可部線復活に向かって進んでいる。「どうしたら復活するのか?」を考えていた。石油消費の上に成り立っている現代社会そのものを前提として認めていないからこそ、そんな未来が見えるのだろう。
7チームの提案は、その前提から逃れられなかったという点で、伊野さんに負けてしまっていたのかもしれない。
そんなことを思った。
論文おつかれさまです。
地域計画にしろ、建築計画にしろ、「リノベ」が増えてくるのは「低度成長」で、「成熟社会」になったからなんだろうな。成熟社会の建築家のお仕事って、なんだろうね?
論文おつかれさまです。
地域計画にしろ、建築計画にしろ、「リノベ」が増えてくるのは「低度成長」で、「成熟社会」になったからなんだろうな。成熟社会の建築家のお仕事って、なんだろうね?
お疲れ様です。
全チームが廃線を利用とは、ちょっと残念な気もしますね(何も知らないのであまり言えないけど・・・)。その伊野さんの言うような廃線が復活することを前提とした提案なんかがあれば、さらに興味深いですね。もちろん、現状の「廃線である、廃線のまま」ということも考慮した計画であることを前提としてですけど。また、詳しい話を聞かせて下さい。「論文の合間のちょっと一息」のコメントでした。