和歌山と文学

停滞する和歌山で、どこから手を付けるべきか?と考えたとき、どうやら
「ぶらくり」と「わかうら」の二カ所だ、と感じるようになった。
さて、miley卒業の後、すっかりご無沙汰のぶらくり、リブートしましょう。(6月に)
で、和歌浦ですが、
きのくに信金さんの後援で、共同研究が立ち上がった。
h-lab
その会議は、雰囲気最悪、「和歌浦の将来は絶望的である」と感じずにはいられないものだった。サディスティックきわまりない内容に、利権が前面に出る発言、揚げ足取り。
まず、この会議そのものを変えんことにはいかんともしがたいなぁ、と思う。
これではいい方向に行く訳がない。
で、そんときに「漱石」が出た。なんで漱石?恥ずかしながら、そんときには気がつかなかったのだ。


和歌山に行くと聞いて、まず思いついたのは「枯木灘」「千年の愉楽」の中上健次。中上健次はめちゃめちゃ好きな作家の一人。たぶんbest3には入る。串本をフィールドにできると聞いて喜んだもんだ。
次に、有吉佐和子。「紀ノ川」は最高。これよんで舞台となった「六十谷」にすむことになったくらいだ。(有吉佐和子が住んでいたのは木之本だった
から、ほんとは木之本が舞台だ)
そして、南方熊楠。今改修計画を行っている、例の熊楠。日本民俗学、そしてエコロジーの始。フィールド派で元祖引きこもり。鶴見和子や中沢新一を経由して知っていたけど、これを機に全集に触れてみた。いや、おもしろすぎます。
で、漱石だ。
「行人」の舞台が和歌浦だった。気がつかなかった。
一乗閣の講演、そして、和歌浦。
うん、こんどは漱石だな。

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