旧阪急梅田ターミナル_手続きこそが問題だ

阪急梅田コンコースがいきなり無くなるということを知ったのは、mixiだった。
まちづくりや建築関係ではない友人のエントリーで、「えっ?まじで?」だった。
数時間のうちに、blogやらmlやらで騒がれ始めた。
m-louisさんは、そのフットワークと実行力で、たちまち以下のサイトを立ち上げている。
(トラバ募集!)
阪急梅田コンコースを残したい・・
私にとっての梅田とは、なんといっても阪急コンコースと村野藤吾の地下鉄換気塔だ。
あやしくドラマティックな金属ゴシックの梅田駅コンコース。ぐっと低くなって、あかるくなる部分は、旧改札だという。ここを抜けて街に出た。
小林一三(阪急の創始者)の、都市と田園を繋ぐ、まさしく「玄関口」をつくろうとする意気込み、通勤通学をドラマティックに演出しようと言う意気込みを感じさせてくれる。
ゴシックなコンコースは、ツルピカ建築とは全然違う、暗く、なんだか頽廃的な雰囲気で、その下に響く関西弁がまたよかった。ブラックレインでリドリースコットがロケ地に選んだのもそんな理由かもしれない。大毎地下で映画を見て、ここを通って阪急に乗って帰った日々が懐かしい。
ここが失われる。
あまりにも多くの人が知っていて、あまりにも多くの印象と思い出を持つ場所が失われる。
文化財としては、宝塚的ヨーロッパ趣味で、東京駅のようなホンモノ主義ではないかもしれない。むしろキッチュですらある。一等商業地といういみでも、文化財的価値という意味でも、保存は難しいかもしれない。
だが、あまりにも多くの人が、あまりにも多くの印象と思い出を持つ場所が、失われるのに、これでいいのだろうか?


まず、工事開始直前になって公表するなんて、無茶無茶である。
この場所が多くの人に愛されていることは、周知の事実。建て替え反対運動でもされたら困ると考えて、ドサクサに建て替えようとしたんじゃないの?と勘ぐりたくなる。
(プレスには2月に通知されており、当然役所にはそれ以前に連絡しているはず。だが、一般にはほとんど知られていなかったし、それを問題にしている。)
この計画、JR大阪駅が建て替えられることに対抗して、建て替え計画が出されたことがミエミエ。
「都市と田園をつなぐ結節点」という、都市民の生活を豊かにしようとする意気込みなんてなく、JRへの対抗と不安からうまれた建て替えだ。あまりにもつまらない理由での建て替えじゃないのか?
さらに、立て替え後の建物のレベルが低すぎる。計画PDF
もう少しマトモなものをデザインしてもらわなくては、納得ができない。
私は、当然この空間が残ることを希望するけれども、
これだけの商業地だ。この建物を文化財指定し、半永久的にこの空間を保存することがなかなか難しいことも、わからなくはない。
ただ、これだけ思い出が詰まった建物だ、なにかしら、手続きというか、建物とお別れするための時間や機会が持たれて当然ではないのだろうか?
今回の阪急グループのやり方は、半公共の建物の扱い方、都市に生きるものの場所の記憶、良い街をつくっていくための作法として、多いに間違えているのではないかと考える。
こんな風に都市を開発していっては、いつまでたっても大阪の街はよくならないし、
本来、小林一三イズムが生きていた頃の阪急は、決してこんなことはしなかったはずだとおもう。

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