「文化としての住まい」-02_村のひろがりと忌籠り

2006年1月24日産經新聞和歌山版「サイエンス・研究室最前線」
前回はフィリピン・ルソン島少数民族カリンガ族の「血讐」について話を伺った。命によって罪の代償を得る「血讐」が、村の治安を維持すると同時に村の結束を強めるという。今回は村の結束を感じられる、村を閉ざす儀礼、忌籠りの儀礼について話を聞いた。
blocked gate at Kalinga's village


――村が閉じる忌籠りの儀礼とはどのようなことなのでしょうか? 
平田助手 一切の交通を遮断して、一日ひっそりと過ごす、それが忌籠りの儀礼で、タ・アー(te-er)と呼ばれます。村は標高1200メートルの急勾配の山岳地帯にありますから、村へ続く道も三本だけ。その道を完全に封鎖します。ある朝、村の古老がタ・アーを宣言する雄叫びを上げると、30分後にはバリケードが築かれ、一切の交通が遮断されます。普通、朝7時に封鎖して、翌日の夜明けまでは誰も行き来が出来ない。これは徹底されます。
――日取りが前もって決まっているわけではないのですか? 村を訪れる人はどうするのでしょう?
平田助手 籾まき、田植え、草取り、稲刈りを行う直前、年4回行われます。稲の生育に合わせて行われるので大体の日取りは予想は出来ますが、前もって教えてくれるわけではありません。村から出られないのは仕方ないのですが、数時間かけて山を登り村を訪れた人にとってはたまったもんじゃないですね。村まであと10分というところで先に進めないわけですから。
 ――忌籠りの日に村を訪れた人は引き返すしかないのですか?
 平田助手・引き返すか、バリケードの手前で一晩過ごすか。泊まりがけの仕事から帰ってきた村人であっても集落へは入れない。外で一晩過ごすしかありません。万一、このバリケードを壊して中に入ったりすると一大事で、罰として豚をつぶして村人全員に振る舞わねばなりません。タ・アーの儀礼もやり直しです。
 ――それは大変ですね。なぜそんな儀礼を行うのでしょうか?
 平田助手・たぶん2つの意味があって、一つは「空間を区切る」ということ、もうひとつは「停滞する」ということです。ここからは仮説なのですが、どうもカリンガ族の人たちは自分が住んでいる場所と棚田とをよく似たものだと考えているようなのです。よく似ているけども、稲が育つ棚田と人が育つ集落は少し違う。稲刈りをしたり田植えを行うと棚田にはとても大きな変化が生じる。しかし同じように人が住んでいる場所で大きな変化が起こっては困る。それでまず、集落と棚田を区別して切り離し、集落を大きな変化から守ろうとする。だから集落の中では火も使わず、労働もせず、ひっそりと過ごすのだと考えています。
 ――集落と棚田を同一視しているのですか?
 平田助手・ええ。カリンガ族の奇妙に見える風習の大半は稲の生育と関連づけて考えるととても解りやすい。どうやら稲の生育を人の一生のモデルとして考えているようなのです。例えば血讐の話だと首狩りと稲刈りを同一視している。だから首狩りを豊穰のしるしだと考えていたり、穂首だけを刈り取る稲刈りの方法にこだわったりする。とにかくコメとヒトは特別で不可分だと考えていることは間違いない。だからこそ、ある時期、わざわざ棚田と集落との間に特別に境界を造って切り離す。そのテクニックがこの忌籠りだと言えます。忌籠りとは普段は目に見えにくい大切な境界を、バリケードを造ることで誰でも見られるようにするテクニックなんですね。
――村の境界というと、むしろ隣村との境界を思い起こしますが。
平田助手・その通り。まずは隣村との境界がある。これが破られて棚田を勝手に造ると血讐が必ず起こるほどだから一番重要です。でもそれだけではなくて、村にはタマネギの皮ように、同心円状に何重にも境界があるのです。カリンガの村では住戸、近隣、住居域(集落)、米倉域、棚田域、里山域、他村・原生林、という具合に領域が広がっていて、その一番外側が隣村との境界。村の結束は非常に硬いけども、村の「内と外」を決める境界はそのときの状況と、「敵」に応じてフレキシブルに決められる。隣村との血讐の戦いをしている時には村境こそが絶対に超えられない境界になりますが、平和な時にはもっと内側に境界を設定するのですね。それでは次回は、そのタマネギの皮のもう少し外側の部分、里山域と棚田域についてお話しすることにしましょう。

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