鶴見和子の終の住まい

7月31日、柳田國男・南方熊楠研究で著名な、社会学者の鶴見和子が死去。
ショックだった。
ちょっと前に、南方熊楠の自宅の改修設計を行なうにあたり、熊楠の住まい方を日記から考察する研究を行ない、十年ぶりくらいに鶴見和子の著作を読んでいたのだ。
鶴見和子経由で熊楠・柳田を見ると、二人の巨人の現代的な意義がとてもわかりやすくてエキサイティング。清く正しく、ピシャッとした文章。南方熊楠とともに鶴見和子自身にも魅了され、ファンとなった。
さて、鶴見和子をwikipediaを見てみれば、なんと後藤新平の孫で鶴見祐輔のむすめ、弟は鶴見俊輔、従兄弟が鶴見良行というリベラリストの本家血統。少数精鋭エリート教育を受けた戦前世代だ。このメンツなら、地域主義・共生主義でリベラリストなのもうなずける。
しかし、訃報の報道で引っかかったのが、鶴見和子の「住所」だった。


その住所は、
『京都府宇治市白川鍋倉山14の1京都ゆうゆうの里7711』(by asahi.com)
あれ?関西?宇治?
と引っかかったが・・・・
よくみると、「京都ゆうゆうの里」って、老人ホームじゃない?
95年に脳出血で倒れて介護が必要になったのだろうけれども、自宅住所として老人ホームの住所が書かれていたことに、とても驚いた。
住民登録していたのかもしれない。
たしか、上野千鶴子の何かを読んでいた時、上野は鶴見和子を自分の先達として見ていた、という印象を受けた。女性でいっぱしの研究者として生きた、結婚を当然としない女の生き方を実践した第一世代なんだと思う。
その鶴見和子が、しかも後藤新平の孫である鶴見和子が、介護付き有料老人ホームで亡くなったということに、何かしらの意味を見いださずにはいられない。
まだ読んではいないけれども、「老い」について語られたものも多数出版されているようだ。年老いても研究をつづけ、かつオシャレで風流という鶴見和子は、老人ホームを終の住まいとして選んだのだろう。
おもわず、老人ホームの入居費を調べ、年金を計算したくなった。
自分の老後(あるとして)に、どう用意しておけばいいのか、参考になる気がした。
(こんなことははじめてかも知れない)

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