「負の遺産」

黒く焦げた壁は「歴史の証言者」か、「心の痛み呼び戻す異物」か-。米軍ヘリ沖国大墜落事故から3か月余りが経過した現場では今も、事故の傷跡が残る。学生が現場保存に向けた活動を行う一方、「壁を見るのはつらい」と複雑な心境の被害者もいる。
あさみ新聞から孫引き、Yahoo!News『琉球新報』20041122,10:54

似たような話に、ソウルの旧朝鮮総督府があった。
建築的には重要なものだったけど、明らかに「負の遺産」。おまけにソウルに敷かれていた風水の地脈を裁つ形でワザワザ建てられた建物。日本建築学会の保存嘆願書も虚しく、撤去されました。
広島のピースセンターも同じような反応があったと言います。
リベスキンドが広島に来たとき、浅田彰が言った言葉が印象に残ってます。


浅田彰がシンポジウムの壇上でリベスキンドのユダヤ記念館という「負の遺産」を評した言葉。
全文、ヒラタのメモです。
しかし、こんなに本質を鷲掴みにした「ユダヤ博物館」の評論があっただろうか?
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ユダヤ博物館は、一方で不在・空虚があり、一方で平和・希望というテーマ。これがどのように交錯しているのかが非常に重要。
ホロコースト、広島長崎の原爆投下など、言語を絶するような出来事、トラウマに対してどうやってそれを表象すればいいのか。表象し得ないものをどう表現するのか。そこには2つの危険がある。
不在や空虚、というものを何かわかりやすい物語やイメージで埋めてしまい、お涙頂戴の形で安心する危険性。一つは「シンドラーのリスト」に見られる、実際とは異なる、ハリウッド的なお涙頂戴なスペクタクルに仕立てることで、表象不可能なものを表象する。
もう一つの危険とは、かたり得ぬ絶対的不可能性の前にメランコリーに、無力に立ち竦んでしまうこと。メランコリー、無力、沈黙、停滞、こういうものを安易に選んでしまうこと。(否定神学的)
(もう一つ、全てを忘却するというとんでもない罠もあるが・・・)
リベスキンドは不在や空虚というものをわかりやすいイメージで埋め尽くしているわけでもなければ、絶対的な不在を示し、これこそが空虚だと、それを目の前に沈黙する以外にない、と言っているわけではない。そのどちらにも陥らずその間を縫うように、ジグザグのコースを描いて巧妙に動いているのがリベスキンドの建物。
ユダヤ博物館の中には何もない空間、表象不可能なものをそれとして体感する空間もあるが、他方、至る所に亀裂のように空いている空間、小さな窓、窓から差し込む光が、不意に救いを、救いという表現が行き過ぎならば外へのオープニングというものをもたらしてくれる。
簡単には表象し得ないものを真っ正面から受け取りながら、単にそれの前で無力になるのではなくてその切断を未来の可能性にむけて転換し、建物自体を都市自体を開いていくというような、深いダイナミズムがある。
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「負の遺産」」への1件のフィードバック

  1. トラックバックありがとう。
    同じネタでもずいぶん違う景色が見えて来ます。これがあるから楽しいです。
    耐震改修のコンペなんかやってたものだから、手元の作業が進まず、結局オフィス泊まり。ま、相変わらずです。じゃ。

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