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2004-07

ITセンターとWS

岸和田から大学を経て、高野口へ。
遠い・・・・
まずはスーパーM2のAKR
のデビュー作となる、高野口ITセンターの什器デザイン。
20040731-DSCN2282.jpg
作者のAKR君は使用者とデザインコンセプトのギャップの大きさに、あらためて驚いていたみたい。
私はほとんど経過にタッチしていないので、好き放題言えちゃう(笑)
まず、良い点。
・家具の仕上げや素材の選択、プロポーションは非常に良い!高めの台と低めの台が雁行しているのは良いとおもう。
・特に蛍光管の納まりがきれいなので、中を見てもきれい。これはすばらしい
さて、一応問題点
・場の読み間違い。コンセプトのミスだな。これは上位計画がむしろ悪い。インフォーマルに徹するべきだったんだろうな。実は、なんとなくそうじゃないかな?とは思っていたんだけど・・。
・家具が固定されている。これは空間の使い方を著しく限定してしまう。問題。
・あまりローコストではないところ。
意見に出ていたが、「畳コーナー」や「ドリンクバー」は考えねばなりませんね。
2000年頃、参加していたC.A.P.では、こんなんつくってました。金がないから自力建設。わりとおもしろかったな。
20040731-captable.jpg
段ボールの足(実費5000円)
20040731-yamamotolight.jpg
ホースライト(実費1000円)

建築と環境、ESCOについて

28日
午前は設計製図IIBのジュリー対象者の選出
全体的に「調査」は出来ているが「つくる」ところまで出来ていないため「つくる」ところに重点を置いて評価する。35人中10人を選出。
製図AとBが同時平行で進み、また発表がテスト期間と重なることはやはり大問題だと言わざるを得ない。

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震災と場所

5時半起床。6時半には大学に。
雑務を行ない、設計製図では提出日で、また一斉清掃。さらに建築と震災についての講義(本多先生40分+ヒラタ20分)
講義というよりは震災で何が起こったのか?を解説。震災直後の写真をたくさんとっていたので、それを解説。話し始めると熱が入る。ポイントは
◇建築構造
・メンテされていない木造は弱い(メンテしてたら大丈夫)
・が、木造は潰れても案外人は死なない
・しかし、火事が起こるとヤバい
・1982年以降の建物は大丈夫
・RCは潰れると結構やっかい
◇社会
・潰れたときは、近所の人が「あすこに人が埋まっている」と知っていてくれないと助けられない。
・地震直後は不思議な雰囲気が漂っていた。
・高齢者などの社会的弱者が被害を受ける。
・復興期には階層による格差が歴然とする。
などなどなど・・たくさんあってかけない・・・
復興時に提案してきたことなども写真を用意していたけど、時間切れ。
また今度ね。
1630、林田先生の研究概要を大ゼミで聴く。
わかりやすく言うと「都市でのサラリーマンの場所構築」
林田先生自身が都市の中でリーマンをしながら感じたことを、アンケートを行って実証していった研究だと感じた。
人文地理学や都市社会学における「場所性」の議論を応用したものだった。
D・カンター、E・レルフ、Y・トゥアン、D・ハイデン、ルフェーブル、リンチ、メルロ・ポンティ、多木浩二、シュルツ、などが連想される。
方法論としてはアンケートを行ない、それをKJ法によって分類したり、発話によっての分類、スケッチの分析や、Mappingである。
方法論としてかなりしっかりと理論化されていると感じたが、同時に場所性を論文化するときの難しさに同情せざるを得ない。
ただ、私だったら「写真投影法」を写メールで行なったり、イメージマップ法からアプローチするだろうな・・と何となく違いを感じた。アンケートを行なうのも、受けるのも嫌いだから。
かなり面倒な質問を浴びせてしまったが、それは、
・現在都市の中での場所構築は、
1:第三空間(磯村英一)として自分の感性とリンクする場所(と仲間)を見つける(選択する)こと
2:第四空間(宮台真司)として、「〜としての私」から開放された、群衆・無名性のなかに身をおいて「ほっとする」場所
この2種があるとおもっていて、前者は「感性の選択的共同体」に、後者は「アノニマス性」に直結し、それが都市の中での居場所となるのではないか・・・と。
とっておきの「オキニの店」と「マクド」みたいなもんかな。(ちょっとちゃうか?)

熊楠邸

26日、
結局徹夜で神戸から田辺へ。8時台に出て着いたのが13時。
これまでの実測図面をチェック。ここまで間違いがあるとは思っていなかった。
報告書が出来ていないことを本多先生が役所に詫び、帰ってきた。むむむ。担当N、大変だとは思うが、ここはクリアしなければならないところだ。
さて、熊楠邸の活用提案だが、はっきり言って住居そのものの建築的希少価値は、周辺の豪邸・旧家に引けを取る。ただ、それが熊楠の特徴を良く表している気もする。
やたらと古い感じにし、観光客にわかりやすい熊楠邸に「復元」することももちろん可能だろうが、熊楠という人を思うとそういうことに最も遠い人のような気がする。
-脇道-
鶴見和子の「南方熊楠」(講談社学術文庫)、を眺めるとまさにそう思う。(飯倉照平先生の全集や「南方熊楠・人と思想」「南方熊楠柳田国男往復書簡」などがさらにその根本だ)
私がそのさわりだけを覗いても、南方学問の奥の深さをかいま見ることが出来る。ものごとを分析的に見るのではなく、無方向にリンクしてくそのダイナミックな文化解読は艶かしく生きた学問だと感じる。分析し、無機かしていくのではなく、あえて複雑な脳を使って有機的に解読していくその論法は、日本的な思想に西欧的な学問がまさしく統合しているように見える。
しかし、熊楠の「奇人」ぶりもものすごい。熊楠個人の生まれついたものなのか、それとも学問の必然なのか?
-脇道終了-
熊楠邸をどう見るか?だが、まず、「熊楠研究所」たる、研究所が全くもって一軒家で、あえて言えば蔵が「書庫」になっているだけ。建物自体は全然変わったところがない。ものすごく普通だ。おまけに庭の一部には戸建て貸家を建てて家賃をとっていたくらい!
また、庭についても、もちろん珍しいものもあるがそれほど変わっているわけではない。全然つくり込んでいない。「神社の境内」のようなものだ。
でも、ここが熊楠のすごいところなんだろう。
和歌山県の小さい街で、どこの研究機関にも属せず「文士」として生きた熊楠は、
偉大なる天才アマチュアの「おたく」だったのだと思う。自宅の庭で世界最先端の発見するといっても、実はそれは普通の家。それが面白いんだろうな。
奇人熊楠、普通の家にて大学者。
こいつを保存し「博物館」的に変えるとなるとちょっと問題だ。
はたして、熊楠の家を「捏造」することに手を貸すことになるのか、それとも???
ポイントは、熊楠の書き残したもの、特に住居・庭の記述を注意深く読み取り、その空間表現と今の建物の関係を探ることが一番だと思う。
<%image(20040728-DSCN2213.jpg|256|192| レーザー実測はかなり効果がある。正確だし、一人で効率よく計測可能。中国行きに期待がかかる。寝てないので気分はハイ。でも23時には寝てしまう。

スタジオ運営

先日言っていた、建築教育論(やな言葉だな)の原稿です。
もちろんここから手直しが入るけど。
全体的には後半部分です。
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「つながる場所としてのスタジオ運営」
学生が地域に出て自分のフィールドを持つようになると、問題を発見し難問を突きつけられ、日夜作業に追われるようになる。するとどうしてもその作業だけに没頭してしまう。しかしグローバルで同時代的な問題、あるいは社会や歴史に通じていると解決の糸口が見つかることもある。ローカルで活動しつつ、世界最先端で話されている言葉を知ること。ローカルな問題をコンテンポラリーな問題として捉え、別の世界に向けて発信すること。この、ローカルな実践とグローバルな情報が交錯する場所として、スタジオの意義がある。フィールドでは問題をつかみ取り、スタジオでは情報を交換し合って知恵をだす。それを武器にもう一度フィールドに向かう。ミクロに観察しながら複眼思考で眺めることを学ぶのである。異なる得意分野を持つ人が突然口を挟む「偶然』が起こりうる場所、グローバルな建築情報が自ずと集まり、なぜか知ってしまう場所、たえずだれかと議論をおこなえる場所、それこそがスタジオなのである。ここでは一方的に知識や技能を伝えるというよりはむしろ、たえず「なにかが創られて」いて、たえず「何かが起こって」いて、たえず「何かが集まって」くる場所である。この状況を創り、維持することが、建築を学ぶ環境づくりとしてとても大切なことである。
トナリは何をするヒトぞ・フィジカルなスタジオ空間
隣にいる同級生が楽しそうに行っている作業がなんなのか? 何を深刻そうに考えているのか? 共通する問題はなんなのか。無関心を装いつつも、隣の机の作業の進み具合はやる気とレベルをインスパイアする。それだけではない。この横目で見ていたことが後々大きく役に立つ。自分も似たような課題に直面する日がきっと来る。その時、この隣の机で行われた作業を思い出すかどうか? 同じスタジオでいろんな人がバラバラに、ところ狭しと作業することは一見効率が悪いように見えるけれど、時と場所を共有して考える場こそが建築教育スタジオの醍醐味だ。だから、建築設計のスタジオは、設計・研究のテーマを絞り込むのではなく、できるだけ多様なテーマが同居していた方が、包容力が豊かな方がいい。ちょっと難しい文献を読む読書会、人を呼んでの講演会などがたえずプロデュースされていることが大切である。
Think globally, act locally・ネット上のスタジオ空間
ヴァーチャルなweb空間がコミュニケーションを補完する。先輩、後輩、卒業生、教官、地域、他大学、地域、異分野。それはいま何をしているのかをたえず世界中に発信し、フィードバックを得ること、だ。
かつての地方大学は情報の中心から遠いという不利な条件を抱えていた。それは情報が集まらないということではなく(情報を得ることは昔からさほど難しくはなかった)情報を発信する機会を持てないということ、つまり雑誌社などマスコミとの距離だった。それは「どうせ地方だから」というあきらめと、「いくら良い建築を建ててもメジャーにはなれない」という劣等感を抱かせた。だが、今は違う。ローカルでしかなかった試みが広く評価される可能性が開かれている。それはネットの力である。学生が今行っているプロジェクトを、そのまま公表し、設計演習の結果を世に問うことができるのだ。手軽に双方向に発信できるブログ(blog)やコンテンツマネジメントシステム(CMS)を安価なPCの上に組み立てるだけで、自分の言葉を世界に発信する「可能性」を持てる。世界に向かう緊張感を持つのである。
もうひとつ、ネットのスタジオの持つ重要な意義は、卒業生、つまり異世代のつながりだ。就職先での実践報告から現役学生への助言、就職・アルバイトの募集、最新の建築情報など意義は多い。常に学び続けなければならないのは卒業生でも同じこと。生涯にわたって学び、また自分の成果を還元する場所としてのスタジオがネットの上にあることは、現役学生、卒業生とものメリットがある。さらにネットでつながっていさえすれば、年に一度くらいはフィジカルなスタジオにも集まって直接議論もできるだろう。
建築教育とは、学生自身が建築との対峙の仕方を自ら試行錯誤して学習する行為である。発見すること、つくること、発信すること。たとえコストにあわないものであれ、真剣に調べ、何度も創りながら壊し、世に問う。このサイクルを行なえる状況・機会・場所をつくること、これが建築教育の実践に他ならないであろう。建築設計教育の実践とは一握りのエリートにデザインのオリジナリティを開発させるものではない。むしろ建築が理想的に生み出される場所を維持すること、その環境の中で建築を考え創ってみるという経験を与えることにあるのではないだろうか?

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