S/I、人工土地、

INAX Renovation Forumに、NEXT21のスケルトン設計者である近角真一さんのリノベーションの講演が載っている。SIってなに?って人は是非参考にするといいよ。講演のPPT画像もついているのでわかりやすい。討論がとても面白い。見所が沢山あるけど、近角真一・松村秀一の討論のなかで、J・ハブラーケンの提唱するヨーロッパ型のSIと、日本のSIの相違点が語られている。

日本のSIというのは、ハブラーケンが最初考えたことや世界的な運動の意味とはまったく違う方向に進んでいることは間違いないです。それはストック志向というか、スケルトンの耐久性論というかたちで進んだという点がきわめて異色だと思います。(中略) 柱梁型でしかも厚い地盤、それはほとんど庭と家との関係を積層させていこうという発想です。しかし、その建物が都市にどういう姿で建ち現われるかということについてはほとんど関心がない。無理やり理屈をつくろうとしていますけど、それはない。INAXリノベーションフォーラム第四回近角氏の発言

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戦没学徒記念館_by_丹下健三

戦没学徒記念館
1月2日、淡路島、鳴門大橋をのぞむ福良の丘の上「若人の丘」に、
廃墟となりつつある丹下健三の名作、「戦没学徒記念館」を見てきた。
この作品、建築雑誌には一切公表されず、その存在はほとんど知られていない。藤森照信の著書「丹下健三」にて2002年にはじめて知られたと言っても過言ではない。
この作品、相当レベルが高い、と聞いていたので、遂に行ってみた。
(この手の自然の中にたたずむ建築は夏よりも冬に行く方が建物がよく見えます。建物の写真を撮るならば冬!)廃墟だが、自己責任にて見学が可能。

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吉阪隆正の実作と不連続統一体

富山・呉羽中学校の取り壊し、吉阪隆正展「頭と手」など、ポリタン・コスモでは吉阪隆正に言及する機会が多かったのすが、ちょっとまとめたいのと、実作を見てきた報告。
吉阪建築の住宅でもベストだとおもわれるヴィラ・クゥクゥ_近藤邸_1957。
「ゾウさんの家」として地域に愛されていたという。(ちなみに、吉阪のクゥクゥ→象、象のセラカント→シーラカンス、という名前の連鎖があります。面白いネ。)
クゥクゥは少なくとも自邸/浦邸とともに吉阪住宅建築3傑に入る。遂に場所がわかったので行ってみた。
20041226-coucou.jpg
メンテがしっかり行なわれていて、当初の姿を全くそのまま伝えている様に驚く。植栽まで同じではないか?と思うくらい。
浦邸のメンテのすばらしさに匹敵。(現役の住まいですから、見学は『パッと見』です。)

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吉阪隆正「頭と手」

12月17日、ANAの0700発の飛行機で東京へ。
学会の図書館に用があるのだが、集合住宅(代官山ヒルサイドテラス、経堂の杜)の写真を撮ること、そして、吉阪隆正展とシンポジウムを見ること、つが一番の目的。(経堂の杜についてはまた後日)
会場は30分前にすでに長蛇の列。席を確保してから、展覧会を見る。油土の模型が存在感を出しているが、なによりも興味深かったのは、本人による図面。建築じゃなくて、インフィルとしての生活が描き込まれている。
20041226-P1000805.jpg
自分の実測図面とだぶる。ここに原点を見た、という感じ。
そして、いよいよシンポジウム。

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「負の遺産」

黒く焦げた壁は「歴史の証言者」か、「心の痛み呼び戻す異物」か-。米軍ヘリ沖国大墜落事故から3か月余りが経過した現場では今も、事故の傷跡が残る。学生が現場保存に向けた活動を行う一方、「壁を見るのはつらい」と複雑な心境の被害者もいる。
あさみ新聞から孫引き、Yahoo!News『琉球新報』20041122,10:54

似たような話に、ソウルの旧朝鮮総督府があった。
建築的には重要なものだったけど、明らかに「負の遺産」。おまけにソウルに敷かれていた風水の地脈を裁つ形でワザワザ建てられた建物。日本建築学会の保存嘆願書も虚しく、撤去されました。
広島のピースセンターも同じような反応があったと言います。
リベスキンドが広島に来たとき、浅田彰が言った言葉が印象に残ってます。

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